ウミネコ

海猫ウミネコは猫科の猫である 一般的な生息地域は愛媛県東部沿岸に生息しています 主食は魚類及びアワビやサザエなどになります 人間との関係は基本的にはウィンウィンの関係です 一般的に素潜りが上手く魚及びアワビやサザエを取る猫です 愛媛県東部沿岸部の小島 招き島に生息しているといわれています 招き島はまぼろしの島といわれ見たものはごくわずかな人だけです 歴史は古く万葉集にも歌われ 三韓征伐の防人に素潜りでとったアワビやサザエをプレゼントしたと記されています その他、日本書紀や古事記にも記録されています 最近は生息数が激減して国から天然記念物指定されています 昔から目撃すると幸運を呼ぶと言われ見た漁師は数年大漁になり猫御殿が建つといわれています かの毛利元就も能見氏から献上された素潜り猫を手に入れてから 運気が向上して中国地方を統一して中国地方の覇者になったといわれています この時献上された素潜り猫はその後毛利両川 小早川隆景、吉川元春の手にも渡り両川家秘蔵の猫として珍重されました その後関ヶ原の合戦後の長州藩で毛利家秘蔵の猫として飼われ 現在は15代目の素潜り猫が現存しています その他には伊勢藤堂家の素潜り猫が現存しています 伊勢藤堂家の素潜り猫は藤堂高虎が今治を領地にしていたとき お堀で素潜りをしていた猫を捕縛したのが起源になり 藤堂高虎が伊勢32万石に加増されたときに一緒に連れて行ったといわれています その後、藤堂高虎より徳川家康、徳川秀忠に献上された2匹の素潜り猫が献上されましたが 駿府大火災の時に行方不明になりました 将軍家に献上された素潜り猫はその後5代将軍綱吉により追放されてしまいました 伊勢志摩の素潜り猫は文献上にはっきりしているものは元和6年(1620年)の藤堂高虎日記になります 伊勢志摩の素潜り猫は最新の研究では海女から献上されたアワビをヤマトタケルが食べたと ヤマトタケルが景行天皇に書いた書状に書かれていたことがわかっています この海女から献上されたアワビは素潜り猫が取ったもので海女の手からヤマトタケルに献上されています ヤマトタケル歌 伊勢の海の 素潜り猫が 採りて鮑 美味美味 五穀豊穣と詠まれています その後素潜り猫が取った鮑は縁起物として 伊勢神宮での神事に使用される熨斗鰒(のしあわび)として珍重されています 海女の間では素潜り猫がアラメやワカメを食べていると 海が荒れ漁に出ることができないと言い伝えられています その後明治維新の時に藤堂家より明治天皇に献上された素潜り猫が 明治天皇が食べるアワビやサザエを東京お台場あたりで取っていましたが 東京大空襲により逃げ出してしまいました 明治天皇は素潜り猫が取ってくる海の幸がとても好きで 死ぬ間際の食事も素潜り猫が取った海の幸でした 今現在は素潜り猫が生息するのは愛媛県東部沿岸の島だけになります 確かな目撃情報は今から約50年以上前です